GPT-5 はハルシネーション(幻覚)が劇的に減ったと話題のChatGPTに、「哲学はハルシネーションなのか?」と尋ねてみた。答は、
哲学は幻覚ではないが、幻覚の素材を意図的に組み替えて真理を探そうとする知的な遊びである
とのこと。
※ちなみに回答全文は以下の通り。
「哲学はハルシネーションか?」という問いは、かなり面白い切り口ですね。
結論から言うと——哲学は厳密な意味で「ハルシネーション(幻覚)」ではありませんが、人間の頭の中でつくられた概念やモデルの集合であるという点では、幻覚と似た構造を持っています。
1. ハルシネーションの定義と哲学の違い
- ハルシネーション:外界に存在しないものを知覚してしまう現象(視覚・聴覚など感覚レベル)。
- 哲学:外界をどう理解するか、価値や真理とは何かなどを、言語や論理で探究する営み。
幻覚は「感覚の誤作動」ですが、哲学は「意味のモデル化と問い直し」です。
つまり、哲学は意図的で、自己批判的なフィードバックが組み込まれています(ソクラテスが延々質問攻めにするみたいに)。
2. 似ている部分:構築された現実
とはいえ、哲学が扱う「存在」「善」「自由」などは、物理的に手でつかめるわけではなく、人間の脳内で構築された抽象的な対象です。
この意味で、哲学的概念は「共有可能な幻覚(collective hallucination)」とも言えます。
たとえば:
- 「国家」というものは物理的な岩や木のように存在しませんが、みんなが信じるから現実的な力を持ちます(ベネディクト・アンダーソンの『想像の共同体』的発想)。
- 「正義」や「自由」も、定義は人間社会の中で作られたものであり、絶対的な物理法則ではありません。
3. 違いの核心
哲学は、そうした「作られた現実」そのものを意識的に問い直し、言語化し、検証しようとします。
幻覚はそれを検証するプロセスが欠けています。
だから哲学は**「自覚的な幻覚の操作」**と言えるかもしれません。
💡 要するに
哲学は幻覚ではないが、幻覚の素材を意図的に組み替えて真理を探そうとする知的な遊びである。